都立八柱霊園前のうめ家石材店です。
最近、「法名・戒名はいらない」というご希望があります。
浄土真宗のお寺さんにお伺いを立てました。
「法名はどのように考えて授与されるのですか」
「本来なら 生前にご本人と対話しその人となりを受け取って、お経にある文字をあてはめます」
「お経にある文字 なんですね」
「法名に使えない文字もあるので 希望する文字には気をつけています。」
※差別をあらわす法名・戒名もかつてはあったそうです。

会ったこともないご先祖様の法名やお戒名、俗名
時に、俗名はなく
亡くなった日付と法名・お戒名だけがご先祖様を知る手がかり。
その法名・お戒名は故人の人となりを表す。
その人の徳をあらわす。
「釋直洋」曾祖父の法名です。

曾祖父は祖母が5歳の時に亡くなっています。
どんな人だったのか
どんな職業だったのか
それを知る人は誰もいません。
戸籍をさかのぼることはできます。
でも
その人となりは記されていません。
職業も記されていない。
「釋」とあるので 浄土真宗であることはわかる。
「直」は人柄なのか。実直な人柄だったのかとお想像する。
「洋」は海の仕事をしていたのか。海産物を取り扱っていたのか。
想像力を膨らませる。
俗名は当然、両親や誰かが
「幸せになりますように」と授けてくれた
生きていく上での名前です。
法名・戒名は本来生前にいただくものですが
生前授与の場合は
「これから どのように生きていくか。浄土に向かうための道しるべ」の指針です。
死後、授与いただいた法名・戒名はその人となりを示す、との人が生きてきた徳なのではないでしょうか?
生前ならば「生きていく指針」
死後ならば「生きてきた徳を示す」
あなたは 大切なその人に「法名・戒名」をいただきたいと思いますか?
生前に法名・戒名をいただくのはいかがでしょうか?
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
余談ですが
叔父の名前は曾祖父(叔父から見たら祖父)の法名から一文字いただいています。
