都立八柱霊園前のうめ家石材店です。
仮店舗からの引越し荷物の中から古い大学ノートが見つかりました。

開くと、
お客様のお名前
墓地区画番号 面積
ざっくりとした工事内容 請負金額
墓石の種類
納期
などが記載されていました。父の自分用作業メモ帳のようです。
完了すると✖印。

これをみた社長が
「貴重だなぁ」と一言。
既に、リフォームしたお客様
改葬(引越し)したお客様など
現状とは異なりますが
お墓の始まりの記録です。
顧客データベースに記録することにしました。
そして、当時は先ずご遺骨を安置するカロートと外柵(囲障いしょう)だけを施工し、墓石ではなく墓標を建てることがとても多かったことがわかりました。
墓標に関連したブログ
http://八柱霊園 昭和14年ころのお墓の写真が出てきました。当時は石碑を建てる前に墓標を建てていたようです。 https://share.google/bAwBLw0XzA956tDgX
http://墓標を作ってもらいました。 https://share.google/Zt3VI53cg8nccclRf
墓標を建てる工事の記録が沢山ありました。
墓石の種類は、茨城県産 小目(こめ)石と中目(中目)石が多かったことがわかりました。
茨城県産、現在の世界天然石材遺産オンパレード。
墓標は文字が読みやすいスウェーデン(黒)がよく用いられていました。現在ほど石種も多くなく昭和30年代の石種表にも「庵治石・北木石。万成石・本小松石・山崎石・羽黒糠目石・真壁小目石・中目石・稲田石・浮金石・スウェーデン黒」という感じです。ほとんど国産墓石です。
お墓の形状もパターンが決まっていました。そのため、同じデザインの外柵(囲障)が霊園内並んでいました。
組合で作成された外柵の基本パターン表などもありました。
古い工事価格表も見つかりました。
四尺(約120センチ幅)カロート、想像するだけで納骨が大変そうです。
なぜなら、拝石(カロートの蓋)が120センチ幅、大きくて重い・・・、そして深い。
拝石を開けるのも閉めるのも大変・・・。


よく見ると「松戸町」です。
1943年4月1日、町村合併して「松戸市」になっています。
都立八柱霊園の開園は 1925年(昭和10年)7月1日です。
昭和18年3月31日以前の工事価格表です。
それだけ、長く弊社は当地で営業ていることがわかります。
現在、うめ家は八柱霊園石材同業組合の会員です。その組合が創設されたのが昭和35年。
つまり、この写真の価格表は組合ができる前の団体です。
古い改葬許可書控えもたくさん残っていて、改葬元(寺院墓地情報)も読み取れました。
これも、顧客情報データーベースに記録しようと思います。寺院がわかれば宗派がわかります。現在宗派がわからないお客様も元々の宗派がわかると供養しやすくなりますし、家族のルーツにつながります。お墓物語の始まりが見えてくるのです。
この10年実家(先代の家)の解体に始まりようやくたどり着いた新店舗開業、先人の足跡をたどり続けて居ます。そして、それはお客様に寄り添い続けた道のりであり、一つ一つがお客様の物語です。
これからも、時代とお客様に寄り添う石材店でありたいと思います。
亡き父の工事帳、古い工事価格表、改葬記録類、そのほかにも多くの記録書類、これは過去からのギフトです。感謝の気持ちを込めて未来へつなぐものです。
故人を大切に思う気持ちは変わらない、供養の形は変わっていくかもしれない。
基本あってこその変化・進化
そんなうめ家であり続けます。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
