都立八柱霊園前のうめ家石材店です。
この夏は、母方の先祖参りに1泊2日北海道・根室へ子ども達を連れて行ってきました。
母方の親族はほとんど北海道に住んでいます。可愛がってもらった親族に手を合わせる旅です。
母の妹、叔母宅へ立ち寄り叔母宅のお仏壇に手を合わせた後、一緒に菩提寺の納骨堂へお参りしました。叔母と一緒にお参りも20数年ぶりです。

山門をくぐり、親族と祖母の分骨が安置されている納骨堂へお参りしました。納骨堂のご本尊阿弥陀様に手を合わせお供物をお供えしました。故人の顔が思い浮かびます。
心の中で「会いに来たよ!ご先祖様も一緒だよ」と語りかけました。
写真の曽祖父と祖母の本骨は現在うめ家のお墓に埋葬しています。つまり、私が墓守りしています。
実は、我が家のお墓は亡き父以外全て母方の親族です。そして皆北海道で暮らした人々。今回はその仏様の魂の里帰りでもありました。

写真の裏の日付、ずっと撮影日だと思っていました。祖母の年齢と合わないのが疑問でしたが、戸籍等調べているうちに曽祖父の命日だとつい最近気が付きました。そうすると、曽祖父47か48歳の写真です。坊主頭なのか若禿なのか。多分若禿系の坊主頭。父系も若禿系、夫の母系も父系も男子は禿系。男子には容赦ない家系のようです(笑)
禿はさておき、曽祖父は52歳で出先で急死しています。祖母の姉が家督相続しましたが子どもがなく若くして亡くなったので血縁の親族は写真の可愛らしい赤ちゃんだった祖母の子孫です。
また、祖母の弟家族と聴いていたけれど戸籍のつながりが分からなかった親族は、つい最近古い戸籍が見つかり祖母の義姉妹の息子家族だった事が分かりました。謎が解けたことも説明報告しました。
祖母の義姉の息子たち
20数年ぶりにあった親類縁者ですが、会えなかった時間などあっという間になくなりました。
会ったことのない先祖の話しや伝え聞いた戦争の話し、北方領土の話しで盛り上がりました。子ども達は何のことだかさっぱり分からなかったようですが「自分と繋がる親族がいる」と感じてちょっと嬉しそうでした。
曾祖父がいなかったら私たちはこの世に存在しなかったことを実感した旅です。
子どもたちは、先祖の名前が飛び交い「さっぱりわからなかったけど、会った人がババ系の親戚だということは分かった。想定外にお小遣いもらえて良かった」と。
1泊2日では、説明にも限界が・・・・・。
ここで決心しました。
「いのちの積み木三浦家つながりご先祖様ワークショップ」を開催する。情報の整理に時間がかかるので1年後に今度は夫(社長)と最低2泊3日で訪れたいと思います。
また、この旅は日本の東端から「近くて遠い北方領土」を体感してもらうという目的もありました。
納沙布岬を望む
彼方に水晶島が見えました。

北方領土をイメージしたモニュメント
日本最初の海底ケーブルは実は北方領土であることも改めて知りました。
大東戦争がはじまり早めに本土(北海道)へ戻った先祖、ぎりぎりまで北方領土に残り命からがら本土へ戻った親族 そんなエピソードも織り交ぜて
「いのちの積み木三浦家つながりご先祖様ワークショップ」企画計画いたします。
私が伝え聞いたこと、親族が伝え聞いたこと 今残さなければ誰にも伝わらない!と気が付いた旅です。
ただお墓参り・先祖参りをするのではなく、そこに祀られた人々の営みを知る、その先に自分が存在していることに気が付くことが大切なのだと思います。
本日も最後まで読んでいただき ありがとうございました。
お墓じまいをする前に、そこに祀られた人々を知ることも大切ではないでしょうか。
